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アイスカフェ


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ウィーンで1862年から営まれている
カフェ・シュヴァルツェンベルクでのアイスカフェは
これです!!


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ドイツ語圏で

「アイスカフェ」

と呼ばれるパフェにどのくらいの伝統があるのかと申しますと。。



わかりません(謝


ありがちなのは、『アイスカフェ』と聞いて
冷たいカフェ、アイスコーヒーだと思ってしまうガイジンさんたちです。

・・私もそうでした

イタリアでも「カフェ・フレッド(冷)」=アイスコーヒー、なワケですから。

パフェな見かけの、
バニラアイスが浮いて生クリームが渦巻いているそれを見て

ヘタなドイツ語ではっきりと 「これは頼んでいません」

と言ってつき返したことがありました・・遠い目


さて

それをふまえて(どれ?

あえてここでウィキ流付け焼き派(笑)
斜め読みウンチクをご披露いたします

それはすなわち、パフェの歴史でもあるからです。

栄えあるパフェラッチ・ヨーロッパ特派員としては
そのくらいのお勉強はしておかねばなりませんから!!


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ではパフェの歴史、
ひいてはアイスクリームの歴史をお勉強しましょう。



 「  冗談でしょ、なんでもかんでも中国からって。   」


    と   おっしゃりたいでしょうが・・


本当にそうらしいです  >。</



5000年前の古代中国で存在したらしき、
ソルベに類似する「食べる氷」。

フルーツを細かくしたものと
氷を混ぜて食す貴重な貴重な食べ物でした。
中国って。本当に半端じゃなくスゴいです。

その後ヨーロッパでもその「食べる氷」は現れ
(ずぅ~~~っと後です、1世紀。)
アレキサンダー大王やヒポクラテスの好物であった「氷菓子」は
水、蜂蜜か薔薇水、果汁によって作られていた。

その後ローマ帝国の滅亡により当時のレシピが失われるが、
十字軍がもう一度中国からその氷菓子の一種である「シャーベット」の
レシピをあらためて持ち帰る
(11世紀初頭/そして1000年後にまだレシピがある中国、スゴい)

11世紀に入り、ヨーロッパでは氷がハイソサエティーだけでなく
一般にもまれにだがみられるようになって来るにつれ、
世紀末には道ばたで「棒アイス」を「雪」と称して売る商売が現れる

13世紀末、マルコポーロが書いたレシピ(!)をもとに
イタリアで雪または氷、果汁か潰した果物を混ぜたものを
食すことがイタリアのスペシャリテとなる。

中国もスゴいが、それを全力で”生きて”
持って帰ってきたマルコ・ポーロも、すごい。

16世紀にはカタリナ・フォン・メディチが
そのレシピをパリへ紹介する

アンナ・ヴェッカーにより1597年に出版された
ドイツ語でのレシピブックにはすでにクリームを加える
アイスの造り方が紹介されており、これが後の
「アイスクリーム」の前身だといわれている。

一方中国からマルコ・ポーロが持ち帰ったレシピを
温存していたイタリア語圏でも17世紀の文献に
シナモン、チョコレートを加える進化したソルベのレシピが残され、
1775年ナポリでフィリッポ・バルディーニにより
「デ・ソルベッティ」が著される

フランスで初めてアイスクリームを一般に供したのは、
なんとルイ14世のコックであった
フランシスコ・プロコピオ・ディ・クルテッリ
(もー、絶対イタリア人ですねこの人。
メディチ家の人が連れて行った人の何代か後でしょう)が始めた
カフェ「プロコープ」
(一般人でも読みやすいようおフランス風にしてあげてます笑
)において、1686年の事であった。

18世紀に入るとヨーロッパ中のカフェハウスで
アイスクリームがみられるようになり、
また夏に道ばたで販売する形態も定着してきた


・・・・



・・


この歴史のどこらヘンでドイツ語で言うところの
「アイスカフェ」イタリアでは「カフェ・フラッペ」(?)が
出て来るんでしょう、、



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ここからは私の付け焼き刃知識をふまえた上での見解です

アイスカフェに欠かせないバニラアイスのバニラの歴史がコレに加わります

ヴァニラはアステカ文明(15世紀メキシコ)で尊ばれていました。
当時からカカオと共に利用されていて、
当時の王様モクテズマ2世は、カカオ・バニラ・カクテルを
一日50杯飲んでいたとか。
ハナヂ。。

ヨーロッパの野蛮人たちが来てメキシコの高等文化を
めちゃくちゃにしてついでに人もたくさん殺しちゃったあたりに、
ヨーロッパと、この香料の接点が始まります

つまり

16世紀半ばからのはずです。

パリで初めてアイスを出すカフェが出来たのが17世紀後半。

どのくらいの時間がかかってこのものすごく貴重な香料は
一般に知られるようになるのでしょうか。。


前出、当時フランスではアイスクリーム界最先端であった
パリのイタリア系カフェあたりで試されたとしたら・・

イタリアの食文化は物凄くコンサバなのです。
そのどうしようもない揺るぎなさとコンサバさを
割と強引にほぐしていったのがフランス食文化ではないかと
常々思うのですが・・


「ワシらは昔からこのような奇妙なものは使わん! 

いままでのフルーツとクリームだけでなにが不満じゃ~!!」

という、まだまだ昔気質なフランシスコ爺の息子
(すでに爺)の怒鳴り声が聴こえて来るような。。


いやいや、意外と。。
先入観なく舶来もんに必要以上に寛容なアントワープあたりで
(中米、南米からの輸入はこの港も当時有名だった)
斬新なカフェを18世紀に始めた異端児シェフかなんかが
どど~んと新作を発表したのかもしれない。

ちなみに19世紀にジャワ島で
バニラ栽培を始めたのはオランダ人です。
この頃には、輸入では追いつかなくなったってことですよね?


それともメキシコと直接繋がり続けたスペイン、
昔からお金持ちな街だったバルセロナあたりの貴族や貿易商を
相手にした美しく開放的なカフェで突然現れる??

アイスを誇る街・ナポリの立ち飲みカフェで
おしゃべりに夢中になった美しいスーツを着た
おっちょこちょいなオトコが初めて試すバニラアイスを
ぽちゃんとエスプレッソの中に??


ヨーロッパで重要なパフェのひとつ、

「アイスカフェ」

が、どこでどうやって生まれたかは
突き止める事が出来ませんでしたが

(どこかに書いてあるかもしれませんね、
どなたか教えて下さい!!!!!)



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バニラだけでなく、コーヒーも「原産国」である
美しい国メキシコ。


紆余曲折、辛い歴史の波、食に対する情熱


時を超え

七つの海を渡り

地球の裏側で

もう一度出会った2つの材料を思い、

やさしい国メキシコに思いを馳せつつ。




photo & written lara   2010.10.3の記事より転載



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